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無明の門

Illustration, Moving image, music video

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nhhmbase(ネハンベース)の楽曲『無明の門』のためのミュージックビデオ。
アルバム「3 1/2(サントニブンノイチ)」より

日常は酷薄だ。
というか、酷薄さを持ちあわせていないと、日常を過ごせない。
地震のことも、原発のことも、化学兵器のことも、誰かが事故にあったり、病気になったり、自殺したり、そういうことを、心に留めてはいても、何事もないかのように、違うちょっとしたことで怒ったり笑ったり、落ち込んだり、このごはん美味しいねなんていいながら生きている。仮にはっとするような事実に気づいて、それにのめり込んで、そこから生き方が変わったとしても、他のはっとするような事実からは距離を置く。日常というのは、そのくらい圧倒的に処理しきれない。

昨年の12月に、加古川の食肉センターで牛の解体を見学した
胸がえぐられるような気持ちを持ちつつも、人の手でみるみるうちに解体されていく牛を見ながら、「感傷を圧倒する、淡々とした日常」を見た。

そんな圧倒的な日常の中で、僕らは牛と同じような軽さで処理され、そして誰かを処理してる。そういう日常を日々繰り返し、見えない門をくぐり、なんらかの知識や経験を獲得し続けているが、それが真実なのかはわからない。それでも、ただ、生きて、そして死んでいく。淡々とした日常はやはり続いていく。なーんてことを考えながら制作。

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